自分は神様を信じてなかったんですね。
昔、色々ありましてね。
せめて、頭の片隅に置いておいて下さい。
って宣教師の人に言われたフレーズがあるんです。
自責の念とか後悔とか、そういうのを引きずりつつ、
力尽きて、神様の前に膝を折るのは悪いことではないと思う。
って、言われた言葉を、最近思い出しました。
http://www.youtube.com/watch?v=_4YsoS2G50I
讃美歌517番
我に来(こ)よと主は今 優しく呼び給う
などて愛の光を 避けてさまよう
帰れや、わが家に帰れや と、主は今呼びたもう
疲れ果てし旅人 重荷をおろして、
来たり憩え、わが主の愛のみもとに
帰れや、わが家に帰れや と主は今呼びたもう
迷う子らの帰るを主は今待ちたもう
罪も咎もあるまま来たりひれ伏せ。
帰れや、わが家に帰れや と主は今呼びたもう
用済み扱いするのが効率主義なんだろうけど、
力尽きて、自責の念とか後悔とかそういうのをかかえたまま、
私のところにおいで。くるだけでいいよ。
みたいなさ。
ノアの洪水とかで、大虐殺が好きな神様かもしれないけれど、
力尽きて、世捨て人みたいになった人を受け入れるのも
また神様だったりするわけでして。
「効率・能力主義」との逆方向が「愛」なんだろうけど、
この二つをダブルスタンダードとして使い分けて、
一貫性のない主張をする人間が多いように思うのですね。
本物とガチンコの討論をする機会を増やしたらいいのになぁ。


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