私の感想は、健常者の生徒を集めて学問を教えている学校の先生の半分くらいは、「ビデオテープ」で代用が可能というものです。
与えられた教材を読み上げるだけなんだし。
ああ、テストの採点とか部活顧問くらいはあるか。
で、まぁ、インターネットがあって、膨大な情報があって、それらを組み立てられるシステムもそれなりにあるんですね。
技術と道具においては、「生徒に合わせて教材を組み上げる」ということは可能なのでしょう。
特に障害者学校においては、実現してほしい技術だと思いますし、個性をのばしていく教育としても、すごく良いものと思うのです。
でも、無理でしょうね。技術と道具は可能な域にあるけれども、使いこなせる先生は半分もいないでしょうし。
お上から来た教材を読み上げていたらよかったものを、自分で生徒と向き合って、教材を組み立てるとか、無理でしょうね。
「生徒のために」と張り切ってする人が、いたとしても、周囲のやる気の無い人たちに、妬まれて、恨まれて、終いには潰されると思います。
利権にしがみつく教育委員会も、崩壊した学校も、腐敗した教師も、古くさい教材も全部捨てて、インターネット上でそれぞれが教育支援ソフトを利用できるようになって、地域的に公民館とかで集まれるような、新しい体制にならないかな?
授業内容はYOUTUBEでいつでも見れるようにすればいいし、教科書もPDF配布にすればいいし、iPADで全部できると思うけど、利権があるので変化はしないか。
まぁ体育とかは、集まらないとできないけど。偏差値とかの相対値で争う時代が終わって、知識と知恵の絶対値が評価される時代になると、良い方向に進むと思うのですが。
この記事は多分、「教育に対するグレート・リセット」という私の幻想なんだろう。(mugendaiさんのブログ↓より)
http://mugendai.bloggers-network283.com/2012/01/%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%BB%E3%83%83%E3%83%88%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E5%B9%BB%E6%83%B3.html

